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独身貴族「カルさん」が音楽やアーティストについて独断と偏見で書きなぐっているブログ「カルチャータイム」です。否定も肯定も全てはアーティストへの愛を根底としています。

やさぐれたアユニ・Dが、PEDROで丁寧なお茶を出すようになるまで成長した話

 

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幸せってなんだろう。子育てに追われ、気づけばあっという間に過ぎていった日々。もっとしてあげられたことも、してあげなければいけなかったこともあった気がして、ふとしたときに後悔が顔を出す。

 

あの引っ込み思案な娘が「私、アイドルになりたい」と言ったときは、本当に驚いた。お世辞にも社交的とは言えないあの子が、よりによって人前に出る世界を選ぶなんて。

 

でも、その目にはいつになく強い意志が宿っていて、私は頷くしかなかった。「なるなら一番を目指しなさい!」なんてカラッと背中を押せるような母親だったらよかったけれど、私もまた引っ込み思案で、言葉を飲み込んできた人間だ。

 

アイドルとして活動するあの子を見て、誇らしさと同時に、ずっと心配もしていた。あんなにキラキラした世界で、ちゃんとご飯は食べているか、眠れているか、笑顔の裏で無理はしていないか。

 

母親なんて、どうしてもそんなことばかり考えてしまう。でも最近、あの子の歌声から、少しずつ違う空気を感じるようになった。華やかさの中に、日常を大切に思うようなやわらかさがあって、私は少しだけ安心している。あの子も今、自分の歩幅で、日々を生きているのだろう。

 

なんて感じに勝手に母親気分で始めさせていただきましたが、本日はBiSHのスピンオフバンドかと思ってたPEDRO(ペドロ)というか、アユニがしっかりバンドとして成長してたって話について書かせていただこう。

 

作られたはずのバンドが、気づいたらガチだった話

 

PEDRO『zoozoosea』ジャケット

PEDROってBiSHのスピンオフ企画。楽器を持たないパンクバンドのメンバーに、あえて楽器を持たせるっていうのが、まずちょっと意外だった。しかもベースボーカルがアユニ・D。「また渡辺淳之介の悪ノリ」かってね。

 

バンド結成について当初のアユニのインタビューを見てもらえば、もう諦めという感じである。

そのときは自分だけがフィーチャーされるみたいなことがすごくイヤで、「なんで私がやらなきゃいけないんだ!」とちょっと思っちゃったんですけど、渡辺さんの「やらないか?」は「やれ」ってことなんで。

引用URLPEDRO(BiSHアユニ・Dソロプロジェクト)始動『zoozoosea』インタビュー | Special | Billboard JAPAN

 

でも、「ギターは田渕ひさ子です」って聞いた瞬間、空気が変わる。

 

「田渕って、あの田渕? ナンバガの?」「いや、あの人は“金じゃ動かない”って言われてるけど…」「え、何それこのバンド、なんかあるの…?」って、当時のネット界隈もザワついておりました。

 

しかも初ライブでNUMBER GIRLの人気曲『透明少女』のカバーするとか、しかもギター本人だし。話題性は抜群。アユニに対するプレッシャーはMAX。モノマネ芸人さんが本人の前でモノマネするとか、めっちゃ緊張しそうじゃないですか?しかも職人田淵の前だよ。下手なもん見せたらジャズマスターでぶん殴られるわ。

 

ギターを田渕ひさ子さんにお願いしたいって話を聞いて、そこで田渕ひさ子さんの存在を知ったんですよ。で、そこから田渕ひさ子さんがやってた音楽をすごい聴くようになったんです。最初に聴いたのがNUMBER GIRLの「透明少女」で。それがすごく格好よくて、でも、本人と一緒にカバーするのは、それなりに覚悟が必要でした。たぶんいろいろ言われたりするだろうなと思ったし。だから、ちょっと怖かったです。本人に「やっていいですか?」という許可を得るのも恐れ多かったし。

引用URLアユニ・D(BiSH)が語る、ソロプロジェクト PEDROで見つけた“自分をさらけ出せる場所” - Real Sound|リアルサウンド

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多分というか確実に色々言われそうなスタートではありましたが、有名アーティストと話題の人がコラボするって珍しい話ではないし、あくまで企画だから田淵さんも子守感覚なのかな?なんて印象。

 

そこから、なんだかんだ楽曲を聴き続けていると、あれ……? これ、思ったよりちゃんとしてるよね?というかBiSH解散してもバンド継続してるし、ちゃんと“人の感情”をやってるし、日々バンドとしてもアユニとしても成長してる。それがしっかり作品に反映されてるのイイ感じ。気がつきゃ完全に企画とか抜きでバンドじゃんって。

というわけで、そんなPEDROの音楽の変化を、筆者主観でいくつかの楽曲から紹介してみよう。BiSH加入当初から見ていると、めっちゃ成長したねアユニって感じである。まさに彼女の成長物語。

 

やさぐれた少女が成長して、めっちゃ丁寧なお茶出してくれるようになってる!!

PEDRO TOUR 2023 FINAL 「洗心」(通常盤) [Blu-ray]

 

昔のアユニ・Dは、人間不信×やさぐれ全開で、「笑ったら負け」みたいな空気をまとっていた。でも最近は、朝日とか浴びてそうだし、白湯とか飲んでそう。あのトゲトゲ娘が、今ではちゃんと日々を大切に生きてて…なんか、勝手に泣きそう。

 

では勝手に作品と筆者の感想を書かせていただきます。

当時のアユニっぽさが嬉しい『zoozoosea』 「自律神経出張中」「甘くないトーキョー」

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BiSH加入から2年。すでに大舞台も何度か踏んで、ステージにもカメラにもだいぶ慣れてるはずなのに、バンドとなるとやっぱり勝手が違ったのか、どこかぎこちない。改めて今見るとめっちゃ初々しい。

 

ベースを構えたその姿は、堂々としてるように見えて、実は「これで合ってるかな?」という戸惑いが透けてる気もする。

 

タイトルが『』って具合なので、歌詞の内容もなんか混乱や衝動が感じられる脳内自問自答葛藤作品。でもなんとなく自分を奮起させる決意も見え「とりあえず、前に進めば変わる!!」みたいなバンドスタート。

 

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『甘くないトーキョー』とか、なんか容易にアユニの姿を想像できてしまうくらい、等身大の歌詞。

 

甲子園のラスト。9回裏、2アウト満塁、フルカウント。カメラはなぜかグラウンドじゃなくて、スタンドの女子高生にズームする。白いシャツ、うっすら汗、きゅっと結んだ手。「こいつが“奇跡”を呼ぶ装置か?」ってぐらい、絵に描いたような祈りのシーンに反吐が出る人は絶対に共感できそう。自分が変わればいいだけって本当は理解してるのに、そんなん受け入れたら終わりだキィィィィ!!って衝動。そんな感情めっちゃ好き。

 

でも『zoozoosea』の頃は、やっぱり企画バンドだから、とりあえず、当時のアユニっぽいイメージ出しとくか!って雰囲気で長続きはしなそうな雰囲気もビンビン。

 

 

延長線の『THUMB SUCKER』で感じた“ほんの少しの変化”

PEDRO『THUMB SUCKER』ジャケット

 

『zoozoosea』以降にリリースされたアルバム『THUMB SUCKER』は特殊な先行販売などが取られた作品。全体的には、やっぱり過去作品の延長線という印象で、刺々しい感情が押し出されたギンギンした音。

 


でも『おちこぼれのブルース』を聴いていると、「君がいないと厳しいんです」って、ふいに口にしてる。これ、前のアユニなら歌詞にしなそう。むしろ「別にいなくても生きてけるんで」とか言いそう。

 


「寂しい」とか「好き」とか、そういう素直な感情を出すとバカにされるんじゃないかって彼女はずっと、“怒り”とか“皮肉”っていう武器で自ら距離を取っていたけど、今作のアユニは、ちょっとだけその武器を下ろす余裕が見えた気がする。

 

普通なら「寂しいんです」とかって書くよね。もう素直じゃないんだから!

 

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PEDROの初期って街に1つあったパンクショップ特有の雰囲気。

 

当時は、あのショップでアイテムを買うのが最高にカッコいいと思ってたし、俺は他の奴らとは違うんだと本気で思ってた。

 

でも色々な事を知っていくうちに、「あの頃は若かったよね」みたいな言葉で、そっと歴史に幕を閉じるんだけど。安全ピンだらけのボロボロ風のシャツとか勝負服だったよね。

 

PEDROも一緒でアユニが成長していくうちに、10代の青っぽい感情のスタイルは、どこかのタイミングで整合性が取れなくなるんじゃないかな?なんて考えてしまっていた。

 

そんなイメージをぶち壊して「えええええなんか良い意味で方向転換した!?」ってのが衝動人間倶楽部』からの作風。

 

日々と向き合う心の余裕ができた?本気で『生活革命』してるじゃん

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『生活革命』ってタイトル見たときは、「いや革命て!」ってツッコみかけたんだけど、
いざ聴いてみたら、むしろ“お茶がぬるくても怒られなさそうな午後”みたいな穏やかさで、ちょっと笑ってしまった。

 

アユニ、落ち着いたなぁと思う。


前までは感情をぶん投げてくるタイプだったのに、今はちゃんと相手のキャッチング体勢を見てから投げてくれる。言葉もまろやかで、刺してこない。でもよく見ると、ちゃんと“刃”は仕込まれてるから油断ならない。

 

「君がいないの さみしくないよ かなしいだけさ 簡単にくたばりそうです」こういう表現って、本人はちょっと強がってるつもりかもしれないけど、こっちからすると「うん、それたぶん寂しいって言うやつだよ」って教えてあげたくなる。

 

そういう素直じゃないけど不器用な優しさ、全体にふんわり漂っていて、こっちまで少しだけ呼吸がゆっくりになる。

 

そんなアルバムを、昔のPEDROが出すなんて思ってなかった。でも『浪漫』が出たとき、たしかに感じたんですよ。

 

「あ、この子、お茶の味がわかるようになってきたな」って。

 

もちろんまだ時々、語尾にトゲをつけるクセは抜けてなかったけど、それでも怒鳴らなくなった。音の角が少し丸くなって、生活の隙間から滲んできた言葉たちが、ちゃんと“誰かに届く”前提で並べられてる気がした。

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中でも『感傷謳歌』は象徴的だった。

 

昔だったら“感傷”なんて虫唾が走る単語だったんじゃないかって思うけど、それをあえて“謳歌”しちゃうんだから、こっちも身構えたよね。

 

でも、蓋を開けてみたらすごく素直だった。というか、めっちゃストレートなメッセージ。「やってやろうじゃないか」とか凄く頼もしくなったじゃん。

 

もしかしたらこの時期って、感情の“届け方”を覚え始めた頃だったのかもしれない。
以前は心の中の地雷をベースに変換して踏ませにきてたのに、今では「ここ地雷あるから気をつけてね」って言えるようになってる感じ。

 

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で、満を持してやってくるのが『後日改めて伺います』である。タイトルの時点で丁寧すぎる。もう“感情の着払い”みたいな曲は卒業して、ちゃんと事前連絡の上で訪問してくれるようになった。ここまでくるともう、洗濯するとき洗剤から洗濯用石鹸にかえて手洗いしてるくらい。

 

『吸って、吐いて』みたいにテンポのある曲もあるけど、そこにあるのは衝動じゃなくて整った呼吸。“言いたいことを叫ぶ”じゃなくて、“伝えたいことを噛みしめる”。そんな変化が、音にも詞にも染みてる。

 

かつては、自分の孤独を誰にも見せないようにしてたのに、今ではちょっとだけ、人に心を預ける余裕がある。「寂しい」って言うのが恥ずかしかったあの子が、「悲しいだけ」って言い換えることで、やっと誰かに触れてもらえる場所に立ってる。

 

昔はボロボロのシャツに安全ピンでアイデンティティを留めてたけど、今はちょっと上質なリネンのシャツを選んで、自分で袖を通してる感じ。


そんな“日常生活の中で自分の幸せを見つけていく”みたいなPEDROが凄く良い。