皆さんの周りにもいませんか?「ニルヴァーナを聴かない奴にロックを聴く資格はない」なんて発言をしている痛いロック好き。
そういった思考になってしまう人の大半はロックという文化に陶酔し、正常な判断ができなくなってしまった生ける屍のなので、人思いにバットなどの身近にある殺傷能力の高い鈍器で頭を殴打してやってほしい。
だがマイハウスには来ないでくれ。筆者はNIRVANAを勧めたりはしない。善良なロックファンの味方であり、皆さんの良き隣人のような存在だ。
誤解しないで欲しいのは「NIRVANA」自体には何の罪もない、世界が認めたロック界のカリスマであり、ロックの殿堂にも選ばれた超一流バンドだ。
しかし、そういった「カリスマ性」に触発された狂信的なロックファンによって、強引な布教活動が行われてしまっている状況も問題視されているので、発見次第、駆除するよう皆さん心がけてほしい。
本日は、面倒なロックファンを生み出した「NIRVANA」について書かせていただこう。
目次
「NIRVANA」の伝説を知らない僕ら
現在30歳位の方は「NIRVANA」というバンド名と『Smells Like Teen Spirit』位しか知らないって人が大半だろう。そんな我々に対して、あたかもロック好きなら当然「NIRVANA」は通っていると思い込んでいること自体がまず間違いなのである。まさにジェネレーションギャップというやつだ。
まず、我々に対して唯一見つけた共通言語である「ロック」に対して食らいつくために超メジャーバンド「NIRVANA」の名前を出すのは間違いではないが、アルバムのタイトルや楽曲名を次々述べ、共感を求められてもこちらも困る。
だって『Smells Like Teen Spirit』しか知らないのだから。
我々にロックのありがたい歴史を説いてくれる諸先輩方も、上記のような状況には業を煮やし「知らないとかロック聴く価値ねーな」なんて苦言を申される始末。その時点で既に人間関係は破滅への道を歩み始めていることを察してほしい。若者たちが鈍器を手にする前に・・・。
とはいえ、こちら側も歩み寄りの姿勢を見せるべく、「NIRVANA」について調べる必要がある。まずは結成時期などを確認しよう。
ロックのカリスマ「NIRVANA」の誕生
1987年アメリカ合衆国はワシントン州で結成された「NIRVANA(ニルヴァーナ)」。1989年にグランジ・ブームの立役者と言われているレコード会社「SUB POP」と契約をし、1STアルバム『BLEACH』をリリースする。
まだこの段階では旧メンバーが在籍しており最終的なラインナップではないが、ボーカルであるカート・コバーンの放つ異才は当時のインディーロックシーンでも注目を集めていたようだ。
2年後となる1991年にメジャーレーベルと契約し『Nevermind』をリリースする。同作品は全米チャート1位を記録しプラチナムディスクを獲得。「NIRVANA」という存在を世に知らしめる作品となった。
1曲目に収録されている『Smells Like Teen Spirit』は、NIRVANAの名前を知らないキッズでも知っている有名な楽曲である。そういった状況の理由としては、国内のロックバンドがたびたびカバーを披露しているからであろう。
ここ最近では国内ロックシーンを牽引する「ONE OK ROCK」や、狼マスクで人気の「MAN WITH A MISSION」などがカバーを披露しているが、国内の熱心なNIRVANA信者から壮絶に叩かれ、ネット掲示板を大炎上させたりしている。まさに地雷にも近しい楽曲である。さらに生ける伝説「押尾学先生」も自らを「カート・コバーン」の生まれ変わりを自称していたりと、NIRVANAというバンドのカリスマ性を嫌でも痛感させられる。
だが、当の本人達(主にカート)は同楽曲に対するイメージはあまり良いものではなく、インタビューやライブMCで「否定的」な発言も多かった。その理由としては「ポップソング」のつもりで作成した『Smells Like Teen Spirit』がNIRVANAの代表曲として認知され、バンドの名を不本意に広めてしまったからであろう。
その結果、1993年にリリースされた3rdアルバム『In Utero(イン・ユーテロ)』では、NIRVANAとして根底にあるサウンドをフューチャーした内容となっている。原点回帰というやつだ。
しかし、ノイジーかつ気怠い雰囲気の漂う作風は一般リスナーの趣向から大きく乖離しており、前作ほどのセールスもなく評価も両極な作品であった。
だが、信仰心の強いロックファンならば『In Utero』は受け入れられて当然のようなスタンスがとられており、理解できなければロックを聴く価値がないなんて発言しているものまでいる。全くもって迷惑な話である。
音楽の主流を変えたバンド「NIRVANA」
70年台に英国で勃発した音楽ムーブメント「NWOBHM」の影響によりヘビメタ至上主義であった米国の音楽業界。そんなトレンドを「一夜にして変えた」なんて伝説を持っているバンドが「NIRVANA」である。
上記のような時代の変革を起こした彼らだからこそ、現在でもロックファンから熱烈的に支持され続けているのであろう。だが、そんな伝説も当時のシーンをリアルに体験していない筆者にとっては、なんとも現実味のない話であり共感し難い部分でもある。
しかし、彼らの熱心な信者には当時のシーンを体験した諸先輩だけと言うわけではない。「NIRVANA」の伝説に酔いしれる若者も多く存在し、熱心に布教活動を行っているのだ。
「NIRVANA」こそロックのスピリッツを体現したアーティストであり、商業的なミュージシャンは総じてクズと思い込んでいる彼らは、平気で他人の音楽性を否定する。共存は不可能。鈍器の力を借りるしかないのだ。
そんな「NIRVANA」を伝説のバンドにした最大の出来事といえば、やはりフロントマン「カート・コバーン」の死なのであろう。
伝説となった「カート・コバーン」
1994年にシアトルの自宅にて自らの命を絶った「カート・コバーン」。
自らのルーツであるサウンドに原点回帰すべく制作された『In Utero』のリリースから数ヶ月後の出来事である。
トップバンドとしても認められ、全てを手に入れたと思われていた彼に何があったのか?様々な説が今現在も囁かれているが、真相は明らかではない。
ただ1つだけ言えることは、ロックの新時代を切り開いた若きカリスマの死に、多くのファンが失意のどん底に落とされたということだろう。
そして彼の死去した年齢もまた、ロックファンの間では「伝説」と言われている。
伝説のブルース歌手「ロバート・ジョンソン」、天才ギタリストと呼ばれていた「ジミ・ヘンドリックス」、ロックの主流を変えグランジというムーブメントを牽引した「カート・コバーン」などの才能溢れれるミュージシャンが総じて27歳という若さでこの世を去っているのだ。
世間では「 The 27 Club」なんて呼ばれ方をしており、加入者に特別な才を与える代わりに寿命を要求されるなんて噂もされているほどである。
こうして「カート・コバーン」は伝説の人物となり、神格化されることとなる。
だが、こうした考えは筆者としては好ましくない。
たんに引き際の問題なのでは?
前提として彼らは総じて一流の存在ではあるが、全盛期のうちにこの世を去ったからこそ今なおトップアーティストとして崇拝され続け、いつまでも鮮烈な存在としてあり続けることが出来るのではないだろうか?
大抵のアーティストにはピークが存在しており、初期中期以降は惰性的な作品が多い。中には活動半ばで原点回帰を宣言するバンドもいるが、デビュー当初の衝撃は感じられない。簡単に言えば、その存在に慣れが出てしまい新鮮さがないのだ。
果たして「NIRVANA」は『In Utero』以降も我々に衝撃を与えられたのだろうか?
「NIRVANAを聴かないやつにロックを聴く価値がない」なんてことを言う奴は、いつまでもカートの亡霊に取り憑かれた進歩のないロックファンだとしか筆者は思えない。