culture time

独身貴族「カルさん」が音楽やアーティストについて独断と偏見で書きなぐっているブログ「カルチャータイム」です。否定も肯定も全てはアーティストへの愛を根底としています。

amazarashiは素晴らしいけど共感したくないバンドだよねって話

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過去、偉大な業績を残した偉人達の多くが「人間には無限の可能性がある」なんて言葉を後世に生きる我々の為に残してくれている。

 

自らの限界を決め付けず成功を信じ果敢に挑め、と、いった感じの意を持つ、眩しいくらいに光輝くありがたい“お言葉”なのではあるが、その挑戦の数だけ失敗や挫折が繰り返されるという事でもある。

 

そのため大半の人間は、そんな苦痛から逃れるべく挑戦をやめ、自らに限界を設けるのだ。

 

「成功者の感覚は僕ら凡人とは違うらからね」なんて風に。

 

しかしながら必ずしも、そういった思考が悪という訳ではなく、自らの限界を知ることでストレスの少ない人生を歩むことが出来るメリットもある。そしてそんな平凡な人生を幸せと呼ぶ人達も多い。

 

だが、中には自らの限界を見定めることが出来ず、繰り返す失敗に苦悩や劣等感を溜め続け、卑屈な感情を様々な方法で社会にぶつけてしまう人間も存在している。

 

ミュージシャンの『amazarashi』ならば自らの創作物である“音楽”に込めて・・・。

爆弾のなりそこない“amazarashi”

爆弾の作り方

2010年にミニ・アルバム『爆弾の作りかた』にてメジャー・デビューを果たしたamazarashi。

 

なんともタイトル設定からして危険分子。すぐさま公安にマークされるだろう。

 

なんて冗談はさておき、ある種の言論統制の取られた現代の音楽業界。ポジティブかつ理解しやすい楽曲が巷に溢れかえっている。そんな短絡的な世の中に彼らのような作風はなんだか異質。少しばかり不気味でもある。

 

とにかく楽曲を聞いてほしい。下記はデビュー作品に収録されている『夏を待っていました』である。

youtu.be

大人になって改めて振り返る幼少期の夏の日。そんなノスタジーな思い出の影を感じさせる今曲。演奏も非常に印象的なもので、少し雲の掛かった虚ろな記憶を回想するような浮遊感と、強い意志を感じさせる緊張感が見事に表現されている。こんなん否が応でも楽曲に引き込まれてしまう。

 

さらに歌詞が奥深い。夏という燦爛たる季節の影を、まるでひとつの物語のように表現された楽曲なのだが、その歌詞の一節一節がとにかく意味深。

 

これこそが今バンド「amazarashi」の最大の武器でもあり、リスナーの思考を難解な世界へ迷い込ませる呪いのようなものである。

 

今曲の歌詞に対する解釈は人それぞれ様々ではあるが、リスナーがアーティストに対して抱く印象は共通しているはず。まさに闇の中の光。

 

楽曲が自らを表現しているなら、amazarashiというアーティストは繊細さすぎるゆえに、様々な苦悩や葛藤に常に心をすり減らし、そんな片鱗が作品に昇華されているのだ。

 

筆者的には『夏を待っていました』は、過去に秋田氏が所属していたバンド“CHAMELEON LIFE”での、活動当時を振り返った気持ちを表現しているのでは?なんて印象を抱いてしまう。完全に主観だが。

 

その辺は現在の“amazarashi”に至るまでの経由を見たからなのだろうか。

 

2006年8月にバンド“CHAMELEON LIFE”解散後も、秋田氏は音楽の道を諦めずにいたのだが、体調不良により帰郷。そして2007年1月にSTAR ISSUE結成している。

 

当時の秋田氏は年齢的にも20代後半。報われない活動や将来に対する不安などに、さぞ苦悩なされていたのだろう。だが、自らの存在価値を構成している物といったら、収録曲『爆弾の作り方』でも記されているように「歌う」ことだけだ。

 

もし、このまま評価される事もなく生き続けていたら、苦悩や葛藤で膨れ上がった秋田氏自身が“危険な爆弾”になっていたのではないだろうか。そんな自らの体験を『爆弾の作り方』と表現し、誰もが爆弾になりえる可能性を示唆させようとしている、なんて事を筆者は感じた。

 

活動初期の楽曲作成の原動力について2013年のインタビューで下記のように話ています。

―昨年末にリリースされた映像作品『0.7』を作ったことで、曲作りへの向き合い方はどう変わりましたか。

秋田:曲作りに関してはそれほど変わらないと思います。『0.7』が一区切りであったことも、あの作品を作ったことで僕の考え方が変わったのも確かです。でも結果的にそうなってしまって、今回のアルバムもそれを作品にしただけなので特に変化はないと思います。

―「考え方が変わった」というのは?

秋田:曲作りの原動力が怒りや恨みだけじゃなくなりました。誰かを励まそうとしたり、なんでもない風景を歌おうとしたり、もっと日常に根ざした要素が入ってきています。そしてそういうものを受け入れられるようにもなりました。以前はもっと気持ちが殺伐としていたというか、自分を追い込んでいた気がします。

引用URL https://www.cinra.net/interview/2013/04/08/000000 

痛めるリスナーの一筋の希望“amazarashi”

0.6

現在は“amazarashi”という名前で活動しているが、今バンド、数度の改名をしているのは有名な話。結成当初は“STAR ISSUE”、その後“あまざらし”に改名し、メジャー・デビューの年に現在の“amazarashi”に変更されている。

 

結成当初は“STAR ISSUE”とい「希望の光のような歌を、雑誌や新聞のように定期的に発信して行きたい」という前向きな気持ちをバンド名に込めていた彼らが、なぜ「日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え、僕らは雨曝しだが“それでも”というところを歌いたい」などという悲観的な“あまざらし”というバンド名に変更をしたのだろうか?

 

その辺に関しては、そもそも“STAR ISSUE”の音源自体が、視聴してみると一般的なリスナーの皆さんが想像するような「諦めなければ夢は叶う」「僕らはいつだって同じ空の下」などといったキラキラでラブピー(ラブ&ピース)な作風などではなく、「長い捕虜生活で幾度なく拷問にあったすえに開放された」ような“死中に活”的な一筋の希望の光テイスト。

 

こんな『恐怖新聞』定期的に発信してくるなんて、“STAR ISSUE”恐ろしや、なんて事を筆者は考えてしまうのだが、こういった楽曲に共感し希望を抱ける、傷だらけのリスナーも多く存在しているのもまた事実。

 

そうした世界観をより強調すべくバンド名を“アマザラシ”という、より悲観的なモノへと改名が行われたのだろうか。確かに人生は苦悩の雨が降り止まない。

 

2010年に“amazarashi”とアルファベット表記に改名される。こちらに関してはメジャー・デビューという1つの成功に対して、自らの心情や周囲の環境が大きく変化したタイミングでもある。

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こうして考えてみると『無題』で歌われている内容は、自らの不安を表現しているのだろうか。考えれば考えるほど面白いバンドである。